超高断熱住宅も耐震性も自然素材も全てバランス

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先週からプライベートも含め大変多忙な日々を過ごさせて頂いています。ありがたいことです。ですがブログの更新がなかなかできなくて、いつも立ち寄って頂く方にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。

さて、この一週間で感じたことを少し綴ります。それは今日配信された建築業界情報サイト「ケンプラッツの紹介された記事によって「そうだよね」と日頃「業」を通して思っていることです。

ケンプラッツの記事は自然派で有名な「C.W.ニコル」さんの事でした。ニコルさんは自身が理事長を務める「C.Wニコル・アファンの森財団」の新たな活動拠点となる「ネイチャーセンター」をこの度造ったそうで、設計監修された建築士と対談されています。その対談の中で

「人が「地球にやさしい、環境に優しい」等と表現している事は間違った自然の見方の現れである。これは人間が地球上で一番偉いものとして思考する思い上がった言葉であり、従来日本では自然は「神」であると考えられていた。山神様、海神様、森の精霊・・・等々  もっと自然を敬う気持ちがなければ、近い将来人は尊い自然を失うだろう」 ・・・これは浅間が解釈して言葉をかえております。

私もそのとおりだと思います。従来から「地球にやさしい」という表現は13年前に一度だけ使いましたが、その後は(多分)意識して使っていません。

「地球の自然を人が使わせてもらっている」という気持ちになれば、地球に優しいという言葉に抵抗を感じます。使わせてもらっている=借りているので全て物を大切に使おう気持ちが最近の心境です。もしかして自身の体も「私の魂」の入れる借り物である気がしますから大事にしなければと思います。

さて、その森の中にある「ネイチャーセンター」ですが、100年くらいはそこに存在してほしい、またその森にふさわしい建物との信念で建築されたそうです。確かに使用されている素材は全て「土に帰る」ものを吟味しています。しかし私は別に全ての素材が簡単に土に帰る素材の必要はないと思います。なぜならこの施設の内部にはシンボル的な大きい「暖炉」があるのですが、暖炉は効率が最低の暖房器具です。いくら周囲の倒木を薪にすると言っても効率が悪いので沢山木を人のために使う事にはかわりありません。
そもそも暖房という自然の環境にない温度差20~30度の空間を、人のエゴで勝手に作り出すのですから、効率よく薪を使わせてもらうという発想になれば、暖房設備は「暖炉」ではまずいでしょう。加えてこの建物には暖炉しか設備がないのでっすから、招いた人が寒く震えないため、めいっぱい火を使うことになるはずです。そうでなければマイナス10度にはなるこの立地条件では人は凍えてしまいます。 

私なら、暖炉ではなく「建物の超高断熱化」を最初に計画します。もし冬もそこに人を招き住むなら現代技術の最高の断熱性を造る事が「燃料となる山の木を使わせてもらっている自然に対しての礼儀」と考えるからです。昔は断熱という素材がなかったので、それでよいと思いますが、今はトリプルLOW-Eガラス等も簡単に手に入ります。壁の断熱材も別に羊毛に拘るより、安価なGWでよいでしょう。素材より断熱性能の向上こそが大切に資源を使う事になります。

素材を吟味することも重要ですが、バランスがよい建築こそ長く愛され長寿命であると感じます。このバランスとは耐震性や耐久性も含み、素材や断熱性能、熱効率も含みます。

暖房とは人のエゴですから、その為に使わせてもらう山の木は、効率よく大切使う工夫がこれからの社会にふさわしいはずです。ただ単に昔に戻る(素材が全て天然)のではなく、祖先が引き継いだこの現代の技術と自然を組み合わせる事が今後のバランスの良い建築となるはずです。

「緑の家」は人工素材(プラスチックや樹脂)も躊躇なく使います。しかし重要な決まりがあります。それは人の触れるところには必ず天然素材(無塗装の自然素材)を使います。人が触れる所はその手や足の感触でその良さを記憶するからです。良さを記憶すれば人はそれを大事にしようと思います。

「緑の家」を選ばれた人の殆どが「子供の頃に天然素材を使った家(環境)で育った人」です。子供の頃に天然素材に触れた人は、大人になってからもその良さを忘れません。

そんな家を受け継ぎ、引き継いで行きたいと願っています。

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