今日は長文であるが世の中連休中なのでごゆっくりブログに立ち寄って頂きたい。
2月に事務所は転居したが、移転即完成との感じではなく大枠を作って細かいところは足していこうと考えであったため、引っ越ししてからも様々なところで手を加えてきた。外部はまだだけれども5月になりいよいよ内部のほうはほぼ終わった。

まずお子様用の待合スペースにソファーを設置。「優しい」をテーマとする事務所の内装だが、ここはお子様だけでなくお母さまのためのスペースでもあり、赤ちゃんをお連れされている時には、椅子よりソファーのほうが安全。当初はここにも専用のモニターを設置して、あやしながら打ち合わせの内容を複写画面で参加できるようにと考えたが、モニターが複数で多すぎるのも落ち着かないと考え、メインの打ち合わせスペースのモニターを予定より少し画面を大きくして且つ動かせる壁掛けアームで対応することにし、遠くからでも文字なども視認できるようにした。プロジェクター等投射式は見えにくいので却下になった。

このモニターはタッチ式でペンで直接モニター画面にかけるので、説明時のペーパーレス化が可能になった。今まではテーブル上で紙にペンで書きながら説明していたが、事務所の全体のペーパーレス化を進めているのでこれに添った考えでタッチモニターを選んだ。またリモートが快適にできるようにまた相手方に雰囲気まで伝わるように、レンズが自動で話す人に動き焦点をあわせるタイプをチョイス。最近スタッフMと2人で建て主さんとリモート打ち合わせすることが多いので、その際にカメラが勝手に話者を追うことで相手方の会話目線になる。これは意外とよかった。

さてソファーだが、「無塗装」と「素地」にこだわる「緑の家」だけに、販売されている木製ソファーの99%はどこかしらに塗装された木を使っている。一品のオーダーでないと多分無塗装は無理のため、甘んじて既製品の塗装を受け入れ選んだが、こだわったのは「洗濯」または「取り換え可能な表地」が必須ということ。様々な人が使うソファーで且つ赤ちゃんまで触れるこの部分はやはり清潔さが一番。家庭用ソファーなら洗濯ができなくてもまだよいが、事務所用はこの点はこだわりたかった。ということで実は打ち合わせテーブル用の例の回転する椅子も木または取り換え可能な座面(クッション)を必須として選んだ。やはりこれからは清潔なことが最も重要視される。

選んだのは有名な組み立て家具メーカーのソファーで、足は御覧の通りしっかり塗装されているがこれを組み立て前に剥がして無塗装にする予定で購入。


剥がしおえ、本来の木の色(多分ブナ)に戻ってツルツルの無塗装になった足をなでると気持ち良い。やっぱり木は無塗装だよねと思って設置し組み立てると・・・やばい、なんか違和感。このソファーは北欧製なので身長や靴の文化のため少し座面が高いのである。

無塗装の足でイメージはよくなったのだが、座面が高くこれでは落ち着けないし、安全性に問題がある。
ということで・・・結局この足は使わないで新たに作ることにした。どうせ作るなら材料は床と同じ杉にして、足の接触面積を大きくし床に凹みができないような寸法とした。

足の床に設置する面積は4倍となりこれで足下に保護板を敷かなくとも杉に床が傷まないはず。加えて杉の無塗装という最もふさわしい足となり、座面も105mm下がって35cmになったことで安全性も上がった。メーカーもこんな風に作ればもっと違うユーザーに売れるかも。

次にトイレである。清潔感覚で優るのは和式ではあるが今更和式は考えられず、洋式トイレは現在ではや無得ない選択。

そのため除菌クリーナー、手洗いは外式でペーパータオルとこちらも衛生的に使える選択とした。
また換気量は通常の2倍以上あり(100m3/h)、トイレットペーパーが風で揺れるほどの掃気性があるので、連続して入室しても不快感はない。その換気扇は一時スイッチとして逆に無駄な換気もカットしている。これは今後も「緑の家」の定番とする。


風除室の戸も当初のハンドルは大変気にっていたが、配達人さんも含め様々な人が毎日出入りする取っ手としては少し心もとないこと、また小さなお子様がトーメイのガラス戸に気づかないでぶつかることを防止することを兼ねて、バー状のシンプルなハンドルに内側だけ変えた。好き嫌いはあると思うが真鍮製で色の変化が楽しみである。

その他、戸当たり、ポストなど設置して最後にエアコンを少し隠してメンテナンスに配慮しつつ見えにくいようにした。いずれも私自身の手で製作している。

さて週に一度スタッフMと残業食(夕食)を共にすることが多く、その中で建築の事も議論することがある。私は子育てが完全に終わり、現在は夫婦だけの世帯となっている。また様々な状況で3件の棲家を持ってしまい、そのうち一件が寺泊に空き家となった築31年の当初の自宅。ここは今もう誰も住んでいないが、特に人に譲る気もないし、空き家になったことでこの寺泊の家を建築したことを何ら後悔することもない。寺泊の家があったからこそ23年間愛犬と子育てを中心とした充実した暮らしができた。これもこの家の立地が海の前というとても素晴らしいところだったためと、家も現在でいう超高断熱高気密といえる性能(今では普通の高断熱高気密の家になる)だったことが大きい。早朝愛犬との渚での散歩は今でもその光景を瞼に明確に映せる。子供ができてからもよく3人(2人と一匹だが)で行った。新潟の海岸部は冬季の風がいつも台風並みなので、一般的な家の中はその影響で冬季はとても寒く、海の真ん前に建てる人は寺泊にながく暮らす人ほど少ない。しかし拙宅は波のしぶきがかかるほどの場所にありながら、48帖丸ごとワンルームのように使っても暖かいため仕切る必要はなく、空間に戸があるのはトイレとお風呂だけだった。その家の中の暖かさ故に冬季の寒さは気にならないので、当時から裸足であった。これがのちの全棟床下暖房にとつながる。つまり住まいとは幸福に暮らすための器であり、器は時には取り変えることもある。日本人は住み替えをあまり頻繁に行わない傾向があるといわれるが、今後は変わるかもしれない。また私は住まいを持ってから子育てを行ったが、それは人生の中でも最も貴重な時間を最も快適にふさわしいく過ごせる器の中で行ったことは、今の自分の中のコアとなっている。老後も含めた先行きを考えて家をつくることは大切なことだが、現在の20年間をどのように充実して過ごすかもとても大事なことと学んだ。

最近は建築費も高騰したため、家の大きさ小さくして総額を少しでも安価にすることが行われ、当事務所でもそのように計画することがある。しかし家の大きさの空間イメージは、こちらで決して押し付けたりしない事が殆ど。これは人は10人十色で全く同じ価値認識をすることがない程人生は様々。そんな価値観が交差する中で「緑の家」の大切にしたいことは、耐震性、耐久性、快適性、収納を含めた高性能なシェルター性でありそこにメンテナンスのしやすの確保ということが第一であって、それ以外は建て主さんの想いでよいと考えている。だから「緑の家」の形や意匠は様々で大きさもバラバラ。でも内部空間の「優しい」感じは全て同じ香りのする「緑の家」となる。
「緑の家」では最近「優しい」空間を前面にお伝えしているが、考えてみれば過去の「緑の家」はみなそんなインテリアだったと思うし、家=器に対するそのイメージが「いつも優しさに包まれている」ことを望むとするならば、今後も「緑の家」は無塗装の木や素地の素材を多用し優しい空間をつくり提供し続ける。