15年経過

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
大震災後に初めてアップしたブログは既に3日経過していた。2011年03月のブログ

あの悲劇からもう15年になる。発生当時私はある現場の2階屋根足場の上にいた。大きなゆっくりした揺れであったため、最初は足場が風で揺れていると思ったが、揺れ方が周期的であるため中越地震を経験している私は地震とすぐに分かった。

当時からブログは頻繁に行っていたが、3月11日の14時46分以降初めてアップしたのが3月14日と既に3日経過していた。今だったらSMSで即時何かコメントする方が多いと思うが、当時は言葉が出ないほどショックを受け、さらに原発まで異常事態となっていたので、ブログで何か書く気にはなれない事を、今でも覚えている。

上のブログのとおりしかも停電が起こる予定が(計画停電)発表され、業務も中止していた。中越地震とは違い、被害の大部分が津波と原発によるものだったから、地震での家の被害はほとんどブログにも書かれていない。

この頃のブログを改めて読むと、現在の東京一極集中の危うさが想像できる。実質地震による被害が殆どなかった遠く離れた新潟県であっも、停電で業務ができなくなる。これが情報の中枢監理を行っている関東周辺に起こったら、まず間違いなく情報は遮断され業務はストップになり、決済もできない状態になるだろう。ガソリン輸送は止まり車は走らないし、食糧品でさえやばいかもしれない・・・・。

建築には都市計画という分野があるが、これはせいぜい政令都市レベルの範囲計画までで、それ以上は一般的に行われない。そもそも都市計画とは安全で住みやすく働きやすい町をつくることだが、今では大切な情報運搬機能がグローバル化し町レベルでは無く日本国全土レベルになり、一極集中改善は政府にしかできないといえる。がしかし、この議論は今の日本では積極的に行われていないように見える。多分理由の一つして人のしがらみがある。一極集中したほうが何かと有利になる人が多く集中した地域にいるからだ。しかし日本全体の事を考えれば、レジリエンスとして最も上位に来るのがこの一極集中を改善することである。せめて3月11日だけはこのことを真剣に考える日だと私は思う。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする