今年も脱原発を支持します。①

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住宅にあまり関係ない話題として・・・
(興味ない方は読み飛ばしてください)

昨年暮れに、元福島TV局のアナウンサー「原田幸子」さんが中日新聞に吐露した内容は、大手メディアの行った原発関連の不作為行為の代表です。 

インタビューに応じ吐露したこのアナウンサーは、もっと早く告白してほしかったのですが、まだご主人が同じ業界にいることを考えると、その点では勇気ある行動です。

アンダーラインは私が入れました。福島県でも正しい情報を得ること事のできたTVアナウンサーは原発事故が如何に深刻か知っていましたし、それを伝えなかったメディア(TV局)の罪は相当重いものでしょう。個人のアナウンサーの責任も無いとは言えませんが、彼女一人が反対しても放送内容はかわりません。やはりメディア組織に病魔が巣くっているのでしょう。TV局の人は彼女は)家族だけ避難させて、TVでは台本通り「避難の必要は無い」と繰り返し伝えていました。残念ですが・・・心ない人たちです。

中日新聞から

—全文転載
「大丈夫」思い込もうとする空気 福島 伝えたい
2011年11月17日

子連れ避難 元キャスター金沢で決意
 福島テレビ(福島市)で十五年にわたりアナウンサーとして活躍した原田幸子さん(37)が、東京電力福島第一原発事故を契機に長女の真帆ちゃん(6つ)と実家のある金沢市に避難している。「故郷」と呼ぶはずだった福島だが、第二子の妊娠が分かり七月で退社。福島を離れた。「報道に携わった一人としての体験を多くの人に知ってほしい」と今、金沢市であるイベントなどで自らの経験を語る。(松岡等)
 夕方のレギュラー番組でキャスターを務めるはずだった三月十一日。揺れが襲った直後からヘルメットをかぶってカメラに向かう。保育園に預けていた娘の安全を確認できたのは夜だった。夫は他局のアナウンサーで、母娘の二人は三日間、局で寝泊まりした。
 1号機が爆発し、十四日朝、金沢の両親に頼んで娘だけは避難させた。3号機爆発による大量の放射性物質が福島市に届く直前だった。
 三月中に初めて金沢に戻った時、友人が食事に連れ出してくれた。豊富な食べ物、汚染を気にすることもない。「これが普通の生活だったんだ」。涙が出た。

*ふくらむ疑問
 それから福島と金沢を行き来する。「東北新幹線で途中、マスクをするのが戦場に帰るために切り替えるスイッチ」だった。
 伝えるニュースに「これでいいのか」という疑問がふくらんでいく。例えば福島駅近くでサクランボをほおばる幼稚園児の話題。洗わないまま『おいしい』と言って食べる“安全性”のアピール。「これって放送していいの?」と思わずにいられない。
 原発報道でテレビへの信頼が失われていくのを実感する一方で「テレビが言ってんだから安全だべ」という人も。本当に福島の人たちに必要な情報を伝えているのか自問した。
 以前から熱望していた妊娠が分かったのはそんな時。「まさかこんなタイミングで」。母親として踏ん切りがついた。福島にはいられない。「命って引き継がれていくんだなと思う。これだけの犠牲があったのだから、強い子になる」。現在妊娠八カ月。男の子と分かった。

*感じる引け目
 福島で今、一番の話題は除染。「大丈夫だと思おうとしているよう。残った人はそういう精神状態になるし、メディアもその方向に進んでいくような気がする」。けれど除染にどれだけかかるのだろう。「県をなんとか維持したいという人たちの思いを感じる」
 最近の電話で知人から「日常の生活で(放射能を)気にするのにも限界がある」と聞いた。「金沢に実家のある自分は幸運。すべてを捨てて福島を離れるのは並大抵じゃない」
 半面、避難した人は引け目も感じる。取材されたくない人は金沢にも数多い。だからこそ、報道に携わった者として、経験を自分が話したい。福島のことを聞いてほしい。原発事故の反省を生かさせなければ、福島が被った犠牲の意味はないから。
—転載終わり

3月15日頃の福島TVでは(全国TVも同じで当時の枝野官房長官の会見を引用していた)、「直ちに健康に影響のある事はありません。正しい情報で冷静に対応してください」と繰り返しデマ情報を流していました。正しい情報は身内だけ知っていて、身内は全員避難させるけれど、放送では「福島は安全であり、ここにいても大丈夫」と嘘の情報をながしていました。

このスポンサーばかり見て国民を無視したメディア報道の挙動に今後も注視したいと思います。・・・報道に関わるマスコミ関係者の人たち!目をさまして!そして福島県以外の人は人ごとではありません。見て見ぬふりをすると必ず同じ目に遭います。脱原発を通して私は訴え続けます。

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