地球温暖化防止・・・とは言わない。①

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

人以外の生命の営みは何時も残酷ではあるが、それが事実。

このブログの常連さんは、私が「地球温暖化防止」を意識的に表現しない事を多分・・・おわかりでしょう。地球温暖化防止という御旗を立て、それがその為にとか、重要だと主張されることに随分前から違和感があるからです。ただ、この事を発言すると、大きな声で反対されのでとても勇気がいる事です。でも発言します・・・(笑)

技術系が書くヘタな文章で飛躍した考えですから、気にさわる方は無視してください。

そもそも人は生きているだけで誰かの世話になり、生物に迷惑をかけているでしょう(捕食します)。そんなことを考えると地球温暖化防止などという今の人類ができそうもない事にお金や英知を投入するより、より人類が幸せになるようなところに、税金投入や尽力するべきであると私は考えます。

今、地球温暖化防止策を実行しないと人の生命、存亡に影響するとの考えがありますが、多少の気温の変化が大きな問題ではなく、人に共に生きると(=愛)気持ちが薄れることが国の存亡の危機となると私は考えます。

人類が今まで存続できたのは、同種同人同士の争いがある一定の線を超えないからだと思います。それは最終的に心=愛ということで支えられると考えます。つまり・・・以前のこのブログで申し上げたとおり、

人は未成熟で生まれる宿命があるからこそ、人から愛情を注いでもらえなければ存在し得なかった事を知れば良いだけこのとです。つまり・・・どんな悪人と呼ばれる人でも、人の情が全くなければすでに世に存在していないからです。もしその悪人が赤子のころ、泣いていても誰も全く感情が動かなければ、食べ物も、洋服も、水も与えられる事はなかったでしょう。その悪人も赤ちゃんの頃には人の愛(情)に触れていた過去があるのです。ですので人はみんな誰かのお世話(愛)になっているからその時期を乗り切り、現在に存在できたのです。

もっとかみ砕けば、赤ちゃんという未成熟系で生まれる人は、生まれ落ちたその時から、誰かがお世話をしない限り必ず死にます。つまり一人で食べ物や飲み物を確保できる時期までは誰かがお世話をしなければなりません。この体系こそ、同種同人で争っても最後の一線を越えることが出来ないので、自分以外の全てを皆殺し(全滅)が避けることができたのです。つまり平たくいえば本能以外に「愛」という感情がどんな人にも必ず備わるようなすばらしい仕組みを人(ほ乳類)が作ってきたのです。

この人類が繁栄できた最大の仕組みをもっと大事にすれば、人類の未来は二酸化炭素濃度が3倍になっても明るいでしょう。なぜなら二酸化炭素は毒物ではなく、人の主原料となる元素だからです。それに順応し暖かくなれば皆と喜び、気候変動には備える・・・そんなものだと思っております。

そのために、子供にはできる限りの愛情を大人は与えましょう。そしてその仕組みを国家が支援すればその国が繁栄する一番の方法ですし、世界中がそうなれば人類の未来は大変明るいでしょう。そのために大量のエネルギーを使う事は全く問題ありません。エネルギーはそのために天から降り注がれ、祖先が自ら化石となって備蓄してきたのです。

ところが日本の省エネは心(愛)の省エネをもたらし、今とっても危機的な状況です。

・・・②に続く

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする