木のこと

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2019年8月青字加筆

ある講演で建築の話を聞いてきた。

「木を使うときは庇が必要でそれで長持ちする」

・・・と。

うーーn。今わかった事ではなく、古のころから先人達はそのように建物をデザインしてきた。

法隆寺の五重塔の写真と比べて写し出された今建築中の建物は庇が大きくあるにはあるが、水が切れない内側傾斜の庇(Y型)・・・。法隆寺は水が切れる全て外側傾斜(キノコ型)。これでは風が少しあると水は裏を伝わって木の根元に向かっていくね~。多分屋根下になる緑化のため日射が必要だと言うけれどそれなら木を使っては駄目。今の時代アルミや錆びにくいスチール、チタン、ステンレスもある。このことは一緒に聞いた若いスタッフでもパワポのスライドで気がついた。日本では縦樋を留める「でんでん」でさえもわずかに下がり傾斜で施工する。

※・・・ある情報によるとこのY勾配は近隣への日射の配慮だとのことで、やむなくそうなったのかもしれない。近隣への配慮は必要だが過剰すぎて自由に表現できなくなったのは残念。そういう時代の公共建築は大変である。

屋根の出がある外壁でも下がり勾配で打ち込まれる「でんでん」

近年欧州ではCo2削減で木の建築(外装でも木の板)が流行しているらしいが、木の使い方では日本の方が上。もっと言えば日本より更に南の国が上手いかも。茅や竹、小木でつくる建物は直ぐに壊せて移築・取り替えできるのが木の建築の原点かも。そのくらい木の耐久性は気温や湿度、雨に大きな影響を受け、悪環境による寿命の短さを知っている。

ちょっと前の欧州では木の外壁でも軒の出(屋根や庇の出)がない箱型、BOX型の建築物が流行ったけれど、ようやくそれでは駄目と広まってきたみたい・・・木板が野ざらしの長岡市からもう8年・・・。

また・・・屋上緑化では草ではなく樹木は耐久性と表裏一体。少しでもメンテナンスの手を抜けば防水層はいつの間にか壊され建物の短命化は免れない。コケや草ならまだ良いのだけれど、木類はだめ!生命を甘く見てはいけない。結局直ぐに枯れるか切り倒し無残な事になる(ラピュタも物語る)。

木素地は外部で使うと必ず20年もすればシルバーグレーになる。その時に美しく見えるようにデザインするのが先人達の知恵。木と対比して色がほとんど変わらない白漆喰との組み合わせは誰が見ても美しい。そのため漆喰は使えないが「緑の家」で木の外壁の時はサッシフレームも真っ白に拘る。

都市の建物屋根に自然の木々を取り込みたいとの想いはわかるが、自然の驚異(虫も)を押さえつける力は大変。日本では雑草なんてどんなに強い除草剤をまいても2年後にはまた草ボウボウの荒れ地になる。地球温暖化とかCo2問題を軽々しく理由にする多くの主張者は、木が短命になるように使っているとしか思えないことが多い。

人が地上にいるだけで他の生物の木や生物を押さえこんでいる事実。しかし45億年の地球からみればそれもほんの瞬きで一過性の自然な現象である。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする