昔ながらの通風・・・にはちょっと否定的な「緑の家」

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13日夕方加筆(最後尾部分)

Cci20120613_000002 太陽を入れ風の通り道を作る・・・等と宣伝される時に使われる絵。

良くパンフレット載っているエコな家の「さし絵」・・・

自然を利用した 風の通り道・・・

なんて家は相当のお金持ちしかできません。

だってこの家には恣意的に隠されている所があるからです。

Cci20120613_00000

一般的な住宅地に建つとこんな感じで、最低でも左右か前後かそのどちらかに隣家がせまります。

そう、この絵の赤いところをわざと書かないのですね。

書いたら気づかれますね・・・窓を開けたら直ぐそこにお隣の窓が・・・

だったら開けられないじゃない・・・。

開けることができなければ風の通り道はできません。

すると、

「隣家の窓を意識して重ならないように設計します」という人もいますが、仮に斜めでもそこに人の気配を感じれば開けられません。特に夜間は・・・ だって怖いじゃないですか?私みたいな高年の男ならどうでも良いでしょうが、女性には怖い世の中です。

実は夜間でも隣家を気にしないで窓を開けられる土地の大きさは500坪くらいは必要です。このくらいあれば周囲に木を植えて目隠しが出来ます。また60坪の敷地しかなければセンターコートハウス方式しかありません。つまり高い塀で家の中心の庭を囲った家・・・(下写真)。
それは特殊で上のような図の家では無理です。

Img02802 市街地に建つ完全なセンターコートハウスの「緑の家」。全く隣家の視線を感じないように外壁で囲まれる庭を持つ家。

だからオーブルデザインの「緑の家」では自然を生かした通風で・・・なんて表現は入れません。通風を生かすには相当の広い敷地か、特殊な設計が必要だからです。つまり大金持ちか、相当田舎に建つ家か・・・はたまた特殊な設計をするか?そして女性には防犯対策も忘れてはいけません。

P1110898 相当田舎に建つ拙宅。だから何時でもカーテンはオープンで通風も自由自在。ホントの通風を日々体験しているからこそ通風の難しさがわかる。でも窓を開けるのは一年で2ヶ月間くらい。後は閉じて空調する。

では昔はどうだったか?

・外から人に見られても気にしない(夫婦げんかは近所に公開)

・治安がよく、留守でも開けっ放しでOK

・通風を妨げる網戸などない

・エアコンの室外機もない

・服装が今よりカジュアルでOK(ランニング、ステテコ、シミーズなどOK)

で相当条件が違う事がわかるでしょう。だから昔のような通風だけでは快適性はないのですね。昔とは条件(環境)が大きくかわりました・・・。

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コメント

  1. オーブル浅間です。 より:

    何時もありがとうございます。
    机の上で考えた通風と、実際お住まいになった通風とは明らかな差があることに気づきます。上記事のこと以外では ・・・
    統計データで今月の卓越風は北向きと考えていても、周囲の障害物で向きが変わったりしますし、本当に必要な暑い一時に風が数十分でも止る時があります。扇風機が数十分止まった事を想像すると、それが如何に不快かわかります(拙宅の海沿いがそうでした)。
    人は贅沢になれて、また他人との物理的距離が近くなったのだけれど心は遠い・・・。そんな中で如何に真夏を快適に且つ大きな電気エネルギーを使用することなく家で過ごせるかが重要な事と感じます。つまり効率良く使う人工設備が中心もやむなしを受け入れると言うことではないでしょうか。その上での自然力を採用する・・・ことだと思っております。@補助金資料作成中 汗

  2. kotaro より:

    昔と条件(環境)が大きく変わったことは確かで、風の流れや日当たりや隣家からの輻射熱は大いに影響を受けますね。ちょうどネットのケンプラッツで、隣家による日射の影響について南雄三さんの記事が書かれていました(6/13付)。家を建てたときは周りに高い家がなくても近い将来3階建て以上が建つ可能性があることも考えて、日の光を大切に取り入れる配慮が当初から必要になります。敷地環境を考えた設計が後々に響いてくるわけです。単純な説明図に惑わされないようにせねばと今回学習しました。